漫画「壁穴開いてます」をネタバレ解説
かつて、竿田剛輝(さおだ つよき)は夢見ていた。
若くして成功し、資産を築き、悠々自適な生活を送る──そんな“勝ち組の人生”を。大学卒業後はすぐに起業、株式投資、不動産投資にも手を出し、人生は順風満帆…になるはずだった。
だが現実は甘くなかった。立て続けの失敗。人の裏切り。負債だけが残り、20代の終わりにはすでにすべてを失っていた。
借金を抱え、東京での生活に疲れ果てた彼の元に届いたのは、一通の訃報だった。
──祖父、死す。
剛輝は久しぶりに、田舎の小さな村へと足を運ぶことになる。
祖父が長年営んでいた商店は、時代の波に取り残されたような、レトロで埃っぽい佇まいだった。相続放棄も考えたが、商店の建物にはまだ価値があり、なにより剛輝には“逃げ場”が必要だった。
そして、その商店の地下室で、彼は見つけてしまう。
古びた木の階段を降りた先、湿った空気の中に佇む、一枚の壁。
その中心に、ぽっかりと“穴”が開いていた。
──壁穴。
意味を理解できないまま、剛輝は祖父の遺した日記を読み進める。
そこにはこう書かれていた。
「陰陽の調和のため、陽を注ぐ者は壁穴の番人たるべし。
必要とする者が訪れたとき、迷わず受け入れよ。」
何を言っているのか、最初は分からなかった。
だがその穴は、ただの空洞ではなかった。
やがて、村の女性たちが“儀式”のためにやって来るのだ。
最初に現れたのは、竿田真由美。祖父の代からの知り合いで、色香と落ち着きをまとった大人の女性だった。
彼女は微笑みながら語った。
「剛輝くん、知らないの? この村では、昔から“壁穴”を通じて陰の気を鎮める儀式があるのよ。」
この“儀式”とは、顔を知らない男女が壁穴を隔て、肉体を通じて気を調和させるものだった。
奇妙な風習。だが、真由美だけでなく、次々と女性たちがやってくる。
──誰にも言えない心の傷を癒やしたい人。
──失った温もりを求める人。
──ただ静かに、誰かと繋がりたいと願う人。
剛輝は儀式を重ねるうちに、単なる“性の接触”ではない何かを感じ始める。
壁の向こうには、確かに“人”がいた。見えないからこそ、偽れない心があった。
ある日、春奈という無口なOL風の女性が現れる。彼女は言葉少なだが、剛輝に何かを求めていることだけは分かった。壁を隔てて、少しずつ心が触れ合っていく。
シングルマザーの成瀬洋子は、過去の傷を引きずりながらも、息子のために強く生きていた。彼女は言う。
「この村の壁穴は、女たちの涙を吸い込む場所なのよ。」
剛輝は、そんな女性たちに少しずつ支えられ、逆に支えている自分に気づく。
かつて金しか見ていなかった彼が、今は目の前の人のために動きたいと思っていた。
だが、物語はそこでは終わらない。
村の外から、この風習に対する批判や疑問の声が届き始める。
「こんな儀式はおかしい」「倫理的に問題がある」
剛輝は揺れる。これは本当に正しいことなのか? 自分は何をしているのか?
最終的に彼は選ぶのだ。
“壁穴”の存在に依存せず、顔を見て、心を交わす関係へと進む道を。
壁の向こうで出会った誰かと、真正面から向き合い、人生を共に歩んでいく未来を。
そして、商店の地下に続く階段は、静かに封鎖される。
けれどその場所は、剛輝にとって人生を変えた“入り口”だった。
穴を通じて出会ったのは、他人の体ではなく、心だった。
そして何より、自分自身だったのかもしれない──。
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