漫画「もしも、透明人間になれたなら」をネタバレ解説
羽崎(はねさき)は、小さな頃から“いないもの”として扱われてきた。
貧しい家庭に生まれ、身なりも声も洗練されていなかった彼は、いつしか「空気」と同じ存在になった。話しかけても無視され、発言すれば笑われる。優しくしたいと願っても、誰にも届かない。
自分がそこにいるはずなのに、誰の目にも映らない。
そんな孤独が、彼の心を静かに蝕んでいった。
それでも羽崎は、大人になるまで諦めなかった。
「社会に出れば変わる」「きちんと働いて、信頼されれば、いつか認められる」
そんな希望を胸に就職を果たした羽崎だったが、職場で待っていたのは、変わらぬ地獄だった。
——否、学生時代よりもひどかったかもしれない。
とくに直属の上司・添島未優(そえじま・みゆう)は、彼の心を何度も踏みにじった。
見た目も仕事も完璧で、社内の誰もが一目置く存在。けれどその仮面の裏には、傲慢で冷酷な性格が隠れていた。彼女は羽崎を“できそこないの人間”と決めつけ、存在を無視し、時には他人の失敗を彼に押しつける。羽崎はただ、言い返せない。抗うことが、できない。
誰も助けてくれないこの世界で、彼は再び“透明人間”として生きることを強いられていた。
——だが、その日は違った。
羽崎は、たまたま耳にしてしまったのだ。
添島が裏で、彼を退職に追い込む計画をしていることを。上層部に密告し、評価を下げ、精神的に追い詰めて自ら辞めさせるつもりなのだと。
その一言で、羽崎の中に溜め込まれていた“何か”が、音を立てて崩れ落ちた。
怒り、屈辱、絶望、そして――憎しみ。
その感情が、彼のすべてを塗りつぶす寸前。
次の瞬間、彼の視界に“異変”が現れた。
まるでゲームのように、目の前に文字が浮かび上がる。
──「あなたは透明人間になりました」
何かの悪い冗談かと思った。しかし、鏡を見た彼は絶句する。
自分の姿が……ない。
手を振っても、触れても、何も映らない。自分の存在が、視界から完全に消えていた。
それは“神の力”のように思えた。
誰にも見られず、誰にも干渉されず、自由に動ける存在。
自分を苦しめた奴らを、罰する力が、ついに与えられたのだ。
羽崎は震える手でドアノブを握る。
静かに、誰にも知られずにオフィスへ足を踏み入れる。
かつて自分を嘲笑い、ゴミのように扱った彼らが、無防備なまま過ごしている。
彼のことなどもう忘れたかのように、日常を送っている。
「これが……お前らの“日常”か」
彼は心の底で嗤う。
そして、最初の一歩を踏み出す。
——それは、透明人間による復讐劇の幕開けだった。
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日を追うごとに、羽崎は力の使い方を覚え、躊躇を捨てていく。
誰にも見えないことを利用して、秘密を暴き、悪意を暴露し、時には“それ以上”の報復をも厭わない。
けれどその過程で、羽崎の表情は次第に変わっていく。
あれほど無力だった青年は、もはや誰もが恐れる“影”となった。
支配の快感に酔い、見下されていた過去を塗り替えるために、彼は人の道を踏み外していく。
透明であることは、孤独であること。
そして、孤独はやがて“自分をも見失わせる”という罠となる。
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果たして、羽崎は自分自身を取り戻すことができるのか?
それとも、姿を失ったまま、心もまた闇に沈んでしまうのか?
“見えない男”の行きつく果てに、希望はあるのか、それとも――破滅か。
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💡 補足
この作品はただの“スカッと復讐劇”ではありません。
透明人間というファンタジー要素を使いながらも、「人間の承認欲求」「孤独」「力と支配欲」「報復の代償」など深いテーマを内包しています。
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