漫画「鞘と刀の契り婚 ~無能な巫女は最強の刀神に溺愛される~」
春の終わり、オフィスビルを照らす街灯が、どこか物寂しげに光っていた。
その夜、主人公・美月(みつき)は、最後の出勤日を迎えていた。
「今日で、ここともお別れか――」
パソコンの電源を落とし、最後のロッカーを閉めたその瞬間、胸の奥にぽっかりと空いたような感覚が広がる。これまで忙しく働き、笑って、時には悩みながら過ごした場所。いざ離れるとなると、意外なほど心が揺れた。
そんな彼女の前に現れたのが、ひとりの後輩――船井 佑真(ふない・ゆうま)だった。
年上なのに後輩という不思議な関係。
最初はそのギャップに少し戸惑ったものの、仕事では真面目で冷静、細かい気配りも忘れない船井くんの存在は、いつしか美月の職場での安心材料になっていた。
「お疲れさまでした、美月さん」
「……ありがとう。急に辞めちゃって、ごめんね」
そんな他愛もない会話の中、ふとした沈黙が訪れた。
そして船井くんは、小さく息を吐くと、静かにこう告げた。
「実は……今日、ちゃんと話したいことがあって」
美月は驚いた。
彼の口調はいつも通り穏やかだけど、その目だけは真っ直ぐだった。
「ずっと、言えなかったんです。でも今日だけは、言わなきゃ後悔すると思って」
そう言って彼が口にしたのは、ずっと胸の奥にしまっていた“好き”という言葉だった。
美月は混乱した。彼をそんな風に見たことはなかった。
でも、思い返せばいつもそばにいてくれた。気づけば自然と頼っていた。
それはただの“後輩”の優しさじゃなかったのかもしれない。
「なんで……もっと早く言ってくれなかったの?」
「……だって、美月さんはずっと、前を向いて走ってたから。追いつくのに、精一杯だったんです」
その一言に、胸がぎゅっと締めつけられた。
――彼は、いつだって自分を見てくれていた。
――私は、気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
別れを前にして初めて気づいた、深く静かな愛。
それは、大げさな言葉でも情熱的なアプローチでもなかったけれど、確かにそこにあった。
そして今、美月の心をゆっくりと、でも確実に溶かしていく。
帰り道、ふたりは少しの距離を保ったまま歩いた。
けれど、その距離は、少し前までの“同僚”ではなく、“想いを知ったふたり”の歩幅だった。
――もしかしたらこれは、別れじゃなくて、始まりなのかもしれない。
優しくて、静かで、でも確かに強い恋が、春の終わりにそっと芽吹こうとしていた。
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