漫画「梟の王と悩める従者」をネタバレ解説
神々が暮らす異界《幽世(かくりよ)》――そこには、獣の姿を宿す種族たちが、それぞれの地を治めながら暮らしていた。
北の国を治めるのは、梟の血を引く若き王・斑(まだら)。彼は知恵と夜の象徴として一族を導く王でありながら、どこか飄々としていて、婚活に明け暮れる毎日を送っていた。
「王として番(つがい)を持つことは義務だ」と自らを鼓舞しながらも、どの相手とも心は通じず、空虚な関係ばかりが積み重なる。
そんな彼の傍らに、常に静かに仕えている男がいる。――莎草(さぐさ)、鶴の一族出身の第一従者である。
彼は感情を表に出さず、忠実に、礼儀正しく、斑の世話を完璧にこなす。斑がどれだけ奔放に振る舞おうと、決して口出しせず、距離を保ち続ける。だが、それは冷たいからではない。
莎草の胸には、幼い頃から決して消えることのない「想い」があった。
王として戴冠する前の斑と過ごした、あの無邪気で温かい時間。
あのとき、すでに心は彼に向いていた。
だが、ある出来事がきっかけで、莎草はその想いに蓋をした。従者として生きる限り、自分の感情は“あってはならないもの”だと悟ったのだ。
斑は、そんな莎草の硬い殻の奥にあるものに、なんとなく気づいていた。
いや、気づいていたかもしれないが、目を逸らしていた。
なぜなら、自分のほうもまた、莎草をただの「従者」とは思えなくなっていたからだ。
互いに気づきながらも、気づかぬふりをする。
それがふたりの“平穏な日常”を守る唯一の手段だった。
だがある日、ひとつの事件がその均衡を壊す。
――それは、薬師の手違いによって渡された、媚薬に近い効果をもつ薬だった。
斑の肌に触れた瞬間、理性の糸が緩み、封じていた想いが、嵐のように吹き出す。
莎草は苦しみながらも、「今この瞬間だけは……」と願い、斑にすべてを捧げた。
だが、翌朝。
斑は何も言わず、莎草は何も聞かず、ふたりはいつも通りを装ってすれ違う。
むしろ、それまで以上にぎこちない空気が、重く彼らの周囲を包んでいた。
「お前にとって、あれは“誤り”だったのか」
「……王にお仕えする身として、過ちを正すのは私の務めです」
切なすぎるやりとりの中、斑はついに決断する。
これ以上、誰かの代わりを探すような婚活はやめよう。
自分が本当に必要としていたのは、誰でもない。
――いつも自分の隣にいた、あの静かな眼差しの男なのだと。
しかし、王としての責務と、従者という身分の壁はあまりにも高い。
ふたりの関係が明るみに出れば、国の内外で反発が起きることも容易に想像できる。
それでも、斑は選ぶ。
王としてではなく、“ひとりの男”として、莎草を必要だと。
そして莎草もまた、長年の沈黙を破り、彼の手を取る。
「たとえ世界を敵に回しても、あなたのそばにいたいのです」
それは、すれ違いと葛藤を越えて結ばれる、主従を超えた“番”の物語。
夜空を翔ける梟と、静かに佇む鶴。
その羽ばたきはやがて、ひとつの風となり、幽世に静かな祝福をもたらす――。
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