漫画「恋も過ぎれば」をネタバレ解説
家具職人として静かに生きる滝沢蘇芳は、木の匂いと、道具の音に囲まれた工房を自分の居場所にしていた。
人付き合いが得意とは言えず、仕事に黙々と向き合う毎日は、誰に煩わされることもなく、穏やかだった。
そんな彼がある日参加したクラフトイベントで、運命を揺さぶる出会いを果たす。
隣のブースにいたのは、革職人の白川清。明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける笑顔の持ち主。
その人懐っこさに、最初は戸惑いを覚える蘇芳だったが、白川の柔らかな空気に徐々に惹き込まれていった。
「滝沢さんって、無口だけど優しいんですね」
気さくな言葉に乗せられ、つい誘われるままに飲みに行ったその夜。
酒が進み、会話が弾み、2人の距離がほんの少し縮まったと感じた頃──
酔いの勢いに背中を押され、蘇芳は白川を自宅に泊めることになる。
最初はただ服を脱がせようとしただけだった。けれど、白川の唇から洩れた言葉が、空気を変える。
「……触って、いいよ?」
そのひとことに、蘇芳の理性は崩れた。
誘いに応じるように、手を伸ばし、肌に触れ、互いの体温を重ね合う。
気づけば一夜を共にしていた。
けれど、朝になって目覚めた白川は、昨夜のことをまるで何もなかったかのように振る舞う。
「ありがとう、助かったよ」と、何気なく笑いながら帰っていくその背中を、蘇芳はただ見送るしかなかった。
それからも白川はたびたび連絡を寄こし、イベントや納品のついでに顔を出しては、馴れ馴れしく話しかけてくる。
そのたびに、蘇芳の心は乱れる。
“あの夜”はなんだったのか。本当に忘れてしまったのか。それとも──最初から、ただの遊びだったのか。
混乱する蘇芳の想いとは裏腹に、白川は気まぐれに近づいてきては、何気ないスキンシップを重ねてくる。
その度に、抑えきれない独占欲と、芽生え始めた“恋”の気配が、蘇芳の胸を強く締めつけるのだった。
やがて、蘇芳は気づく。
白川は、恋に臆病なのだ。誰にでも笑顔を向けるくせに、本当の心は誰にも見せない。
それはきっと、過去の痛みによるものだと、蘇芳は感じ取る。
「それでも、俺は──この人を、好きになってしまったんだ」
勇気を振り絞って気持ちを伝えたとき、白川は逃げようとした。
でも蘇芳は、追いかけることを選ぶ。
「逃げてもいい。でも、待ってるから」
「お前が、自分の気持ちを信じられるようになるまで、ずっと」
そのまっすぐな言葉に、白川の頬がわずかに震えた。
──それは、恋が“過ぎて”、愛へと変わっていく瞬間だった。
互いの手を取り合うことを、ようやく選べた2人。
木と革が、ゆっくりと重なり合って、美しい一点物を生み出すように、
彼らの関係もまた、丁寧に形作られていく。
もう、触れることに言い訳はいらない。
もう、キスに戸惑いはない。
これは本当の恋。本気の愛。
そして物語は、静かな幸福を予感させる朝の光の中──
2人が並んでコーヒーを淹れる、穏やかな日常へと繋がっていく。
0コメント