漫画「英くんはおくちがお上手」をネタバレ解説
十年という歳月。
それは一人の女性にとって、人生の大半を捧げるほどの長さだった。
陽茉梨(ひまり)は、そんな長い時間を費やしながら、ただただ傷ついていた。
相手はモラハラ気質の男。
言葉の刃にさらされ続け、自分の価値を見失い、恋をすることさえ怖くなっていた。
別れを決意したのは、ある意味、奇跡だった。
長年かけて築かれた「自分なんて」という呪縛を、ようやく断ち切った彼女は、心にぽっかりと穴をあけたまま、ひとりで夜道を歩いていた。
会社の飲み会の帰り道。ふとした偶然で出会ったのが、年下の青年・英 瑛仁(はなぶさ えいじ)だった。
英くんは、陽茉梨とは正反対だった。
明るくて、素直で、まっすぐな目をしていた。
彼女が見せるほんの少しの笑顔にも敏感に反応し、気づけば隣にいてくれるような存在だった。
最初はただの年下の男の子だと思っていたはずが、彼の優しさと積極的なアプローチに、陽茉梨の心は少しずつほぐされていく。
「君が笑うと、嬉しいんだ」
「僕といるときくらい、安心してていいよ」
そんな言葉を、まっすぐな瞳で投げかけられて、彼女は戸惑いながらもその手を取った。
ただ、彼の“おくち”があまりにお上手だったのは……予想外だったけれど。
愛情表現がとびきり甘くて、時にドキッとさせられて、陽茉梨の恋心は日増しに膨らんでいく。
そしてふたりは自然と交際を始め、同じ屋根の下で暮らすようになる。
朝食の匂い、洗濯物を干す手つき、夜の会話。
そんな何気ない日常に、英くんは「好き」を繰り返し注いでくれた。
しかし、幸せな時間にも波風は訪れる。
ある日、英くんの兄──桂樹(けいじゅ)が現れた。
冷たい視線、威圧的な態度。そして、問いかけるように告げる。
「お前、本当にアイツと釣り合ってると思ってるのか?」
陽茉梨の心は再び揺れる。
自分の存在価値、自信のなさ。
かつての恋で刻まれた不安が、再び顔を出しそうになる。
だがその手を、英くんは強く握って離さなかった。
「僕は君と生きていきたい」
「誰がなんと言おうと、君がいなきゃ意味がない」
その真っ直ぐな愛が、陽茉梨の弱さを包み込んでくれる。
いつしか彼女はもう、自分を責めなくなっていた。
英くんと出会って、自分が誰かにとって“愛される存在”であることを知ったから。
ふたりは結婚し、やがて小さな命を授かる。
日々は慌ただしくなるけれど、愛情だけは、変わらず深まっていった。
夜のキッチンで肩を並べて料理をする時間。
眠る赤ん坊を見つめながら交わす笑み。
すべてが、彼女にとって“生まれてきてよかった”と思える瞬間だった。
そして、ある日の夕暮れ。
陽茉梨は、英くんの胸に顔をうずめながら、ぽつりとつぶやく。
「ねえ、英くん……私、今がいちばん幸せだよ」
英くんは、静かに笑った。
「それ、明日も言わせてみせるよ。僕が毎日、幸せ更新していくから」
――心に傷を抱えていたひとりの女性が、ひとりの年下の青年に出会い、恋をして、愛され、人生を再び歩き出す。
この物語は、“やさしさ”が人生を変えることを、そっと教えてくれるラブストーリー。
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