漫画「おいしいからだ。」をネタバレ解説
田舎から上京して七年。
都会の喧騒にも少しは慣れたつもりだったが、満員電車だけは、どうしても好きになれなかった。
荻野ゆかり、二十九歳。今日もぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られながら、心の中でため息をつく。
だが、そんな彼女にとって、朝の通勤時間には密かな楽しみがあった。
それは、いつも決まった車両、決まった位置に乗る「黒髪の美男子」をこっそり眺めること。
鋭い目元に整った横顔。まるで物語から抜け出してきたかのような彼の姿を一目見るだけで、
「よし、今日も頑張ろう」
と、少しだけ前向きな気持ちになれたのだ。
そんなある日、いつものように出社したゆかりを待ち受けていたのは、会社倒産の知らせだった。
突然の失業。貯金も限られている。焦りと不安に押しつぶされそうになりながら、彼女は派遣の仕事を転々としつつ、ハローワークに通う日々を送る。
このままじゃだめだ。そう思った矢先、彼女の目に飛び込んできたのは、破格の条件が並ぶ「住み込み家政婦」の求人だった。
迷う暇もなく応募し、面接へと向かったゆかり。
ところが――そこで待っていたのは、あの通勤電車で拝んでいた、例の黒髪の美男子だった!
「…あ、あの…っ」
声が震える。顔が熱い。必死に平静を装おうとするも、心臓は暴走気味。
まさか、こんな偶然があるなんて。いや、これは偶然じゃない、運命だ。
心の中で何度も唱えながら、ゆかりはなんとか面接を乗り切った。
こうして、憧れの美男子――國沢貴美(くにさわたかよし)の家で家政婦として働くことになったゆかり。
彼は人気小説家として知られる人物だった。顔よし、才能よし、だけど性格はちょっと難あり。
クールで無口、目つきも鋭く、時には俺様な態度もとる。
けれど、そんな彼の中に時折見え隠れする、不器用な優しさに、ゆかりの胸は再びざわめき始める。
朝食を作り、部屋を整え、原稿に追われる彼をそっと支える日々。
最初はただ「雇い主と家政婦」の関係だったはずなのに、
小さな言葉のやりとり、何気ない視線の交差、そのひとつひとつが、二人の心の距離をゆっくりと近づけていく。
彼を支える編集者、三津間喜朗(みつまよしろう)も巻き込みながら、
時には笑い、時にはすれ違い、互いの存在を確かめ合うように、二人の関係は少しずつ形を変えていく。
そんな中、ゆかりの前に現れたのは、懐かしい幼馴染み、鎮目順平(しずめじゅんぺい)。
彼の温かな笑顔に心が揺れることもあったが、それでも胸の奥で強く光っているのは、國沢への想いだった。
運命なんて、信じていなかった。
それでも今は、こう思える。
――あの日、あの満員電車で、あなたを見つけたこと。
それこそが、私の運命だったのだと。
交差する想いの中で、ゆかりは一歩踏み出す。
憧れを超えて、本当の恋へと。
そして、物語は、ふたりが手を取り合う未来へ――。
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