漫画「できても、できなくても」をネタバレ解説
桃生翠(ものうすい)は、32歳にして結婚を目前に控えていた。
長年付き合ってきた彼との未来を信じ、心の奥底では子どもを持つ日々を夢見ていた。しかし、幸せの時間は突然、医師の冷たい一言によって断ち切られる。
「翠さん、残念ですが、妊娠は難しいかもしれません……」
診断室の白い壁が、急に重くのしかかる。
胸の奥が冷たく沈み、心臓がきしむように痛んだ。目の前にいる医師の言葉は理解できるはずなのに、耳が拒絶するように何も受け付けない。
そして、その知らせを告げた日、彼は静かに、しかし決定的に別れを告げた。
「やっぱり、無理だな」
冷たく言い放ったその一言に、翠の世界は音もなく崩れ落ちた。
職場では噂が立ち、友人の無神経な言葉が刺さる。
「子どもはまだ?」「結婚は?」
すべてが、自分の存在価値を否定しているかのようだった。
翠は自分を責め、涙を隠して日々をやり過ごすしかなかった。
そんなある夜、絶望の底で出会ったのは、年下の男性・真央だった。
偶然の出会いだったはずなのに、彼の優しい笑顔は傷ついた翠の心を少しずつ溶かしていく。
「大丈夫だよ、翠さん。僕がそばにいる」
その言葉は、どれほど慰められるものだったか。
けれど、心を開くのは簡単ではない。失ったものの大きさ、裏切られた痛みが胸を締めつけ、信じることを怖がらせる。
それでも、翠は少しずつ歩き出す。
職場を変え、家族や友人との関係を見直し、自分自身と向き合う日々。
妹・琳の結婚や笑顔、友人の支えに触れながら、自分の価値は「妊娠できるかどうか」だけで決まるわけではないと気づき始める。
一方、真央との関係も少しずつ深まっていく。
彼は翠の心の傷にそっと寄り添い、翠自身もまた彼を信頼し、心を開き始める。
笑い合う日常、ふとした手の温もり、互いを思いやるささやかな言葉。
それは、失われたはずの未来を、もう一度繋ぎ直すような時間だった。
だが、心の奥にはまだ不安があった。
「私は愛されてもいいのだろうか?」
「私は、このまま幸せになっていいのだろうか?」
何度も自問し、涙を流しながらも、翠は立ち止まらずに歩く。
やがて、真央は静かに告げる。
「翠さん、できる・できないは関係ない。僕は、ただ君と生きたい」
その言葉を聞いた瞬間、翠は心の鎧が解けるような感覚を覚える。
過去の痛みも、世間の偏見も、すべてが遠くに消えていく。
「私も……私も、あなたと生きたい」
翠は小さく、しかし確かに頷いた。
それから二人は、互いの手を取り合い、静かに未来を歩き始める。
「できても、できなくても」——
それはもう単なる現実の問題ではなく、人生を生きるための選択だった。
二人の間に流れる時間は柔らかく、温かく、そして何よりも確かなものだった。
翠は心の中でそっとつぶやく。
「私はもう、自分を責めない。これからは、自分の幸せを、自分で選ぶ」
そして、夕暮れの光に包まれた街を、二人は肩を並べて歩いていく。
希望と未来を胸に抱きながら——。
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