――静かな山間の村。そこには古くから“龍神の加護”を受けるといわれる一族・天龍家が存在していた。
その名家に嫁ぐことを夢見る者は多い。だが、その花嫁に選ばれたのは、誰よりも不遇な少女・美月だった。
美月は生まれてすぐに母を亡くし、継母と異母妹に虐げられながら育った。
どんなに働いても罵られ、汚れ仕事ばかりを押し付けられる毎日。
「あなたみたいな子、嫁のもらい手なんてないわ」と笑われながらも、美月はただ静かに、毎日を耐え続けていた。
しかし、ある嵐の夜、村の神社で不思議な光景を目にする。
満月の光に照らされ、水面から現れたのは一人の青年。
白衣をまとい、琥珀の瞳を持つその男――天龍家の嫡男、清貴。
「……あなた、どうしてこんなところに?」
怯えながら尋ねる美月に、清貴は穏やかに微笑む。
「あなたが呼んだのです。龍神は、悲しみに沈む者の声に応えます」
その出会いをきっかけに、美月の運命は静かに動き出す。
天龍家の花嫁を決める儀式――そこに、美月の名が告げられたのだ。
驚く彼女をよそに、清貴は迷わず彼女の手を取り、こう言った。
「あなたがいい。あなたこそ、龍神に選ばれた花嫁だ」
周囲は騒然となる。
「貧しい家の娘が花嫁だなんて!」
「美月なんかが名家にふさわしいはずがない!」
だが、清貴は一歩も引かない。
「この世のすべてが否定しても、私はあなたを信じる」
そうして美月は、龍神様の花嫁として天龍家へ嫁ぐことになる。
最初こそ戸惑いの連続だったが、清貴の誠実な優しさに触れるうちに、彼女の心は少しずつ温かさを取り戻していった。
彼の隣に立つたびに、胸の奥で静かに芽生えるもの――それは、これまで知らなかった“愛される喜び”だった。
けれど、平穏は長くは続かない。
天龍家には、龍神を怒らせてはならないという古い掟があり、そこには“前花嫁の呪い”という不吉な伝承が囁かれていた。
かつて龍神の怒りに触れた花嫁が滅び、家に災いをもたらしたという。
やがて、美月は自らの出生に隠された秘密と、龍神の真の願いを知ることになる。
それは、清貴と美月の愛を試すような、過酷な運命の糸だった。
それでも――彼女は逃げない。
涙をこぼしながらも、清貴を信じ、彼のために祈る。
そして清貴もまた、彼女の手を離さない。
「美月、たとえこの身が龍神に喰われようと、私はあなたを守る」
龍の力が天を裂き、祈りが光となって舞う。
二人の愛は、やがて“呪い”を“奇跡”へと変えていく。
それは――龍神に選ばれし花嫁の、悲しみと祈り、そして永遠の愛の物語。
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