漫画「藍沢響は笑わない」をネタバレ解説
薄明かりの灯る病院の廊下に、足音がひとつ響く。
看護師・椎名ひなのは白衣の裾を握りしめながら、速足でナースステーションに戻ろうとしていた。
だが、視界の端に何かが見える。人の形をしているのに、明らかに“この世のもの”ではない。
「また、出た……」
彼女には子供の頃から、人には見えないはずの“もの”が見えてしまう。
それは幽霊。
ふとした瞬間に、誰もいないはずの病室に立つ影や、視線を感じる空間が現れる。
看護師という職業は、死と向き合う現場だ。だからこそ、“見えてしまう”ことは日常の恐怖そのものだった。
でも、ひなのは逃げなかった。自分にできることを探し、命と向き合う覚悟でこの仕事を選んだ。
ある日、病棟のエレベーターで奇妙な出来事が起きる。
ボタンを押しても閉まらない扉、ひなのの背後に立つ誰か、息を潜めるように立ち尽くす影——。
恐怖に震えながら彼女が扉をこじ開けようとしたその瞬間、目の前に現れたのは、一人の男だった。
――藍沢響。
30歳の内科医。冷静沈着で、無口で無愛想。職員の間でも「笑ったところを見た者はいない」と噂されていた。
「君、霊が見えるのか?」
彼はそう問いかけた。まるで、それが当然のことのように。
それが、ひなのにとっての“運命の出会い”だった。
実は、藍沢もまた、“見えてしまう人間”だった。
しかし彼は、霊との距離を保ち、関わらないことを信条としていた。
「関わるな。深入りすれば、向こうに引きずられる。」
そう冷たく忠告する藍沢に対し、ひなのは戸惑いながらも反発する。
だって、自分の目の前に現れる霊たちは、時に怯え、時に何かを訴えているように見えたからだ。
放っておけなかった。
やがて二人は、病院内で次々と起こる奇妙な現象に立ち会うことになる。
急に容態が悪化する患者。夜中のナースコールに応えると、誰もいない病室。
そして、病院の屋上に佇む“消えない影”。
藍沢はしぶしぶながらも、ひなのと共に霊たちの声に耳を傾け始める。
未練を残してこの世にとどまる魂たち。
その声を無視できない、優しさと覚悟を持った彼女の姿に、少しずつ心を動かされていく。
彼の胸の内には、まだ語られていない“過去”があった。
誰にも言えない痛みが、彼を無口にし、笑顔を奪っていたのだ。
ひなのは、その心の奥に静かに触れながら、霊と向き合うたびに彼との絆を深めていく。
――これは、ただの心霊譚ではない。
誰にも言えない力を持ったふたりが、人間の生と死、愛と別れに向き合いながら、
“誰かのために見える力”を、少しずつ意味のあるものへと変えていく物語。
そして、心を閉ざしていた男が、初めて誰かの前で笑うその日までの、優しくも切ない軌跡である。
◆余韻とともに…
「怖いのに、温かい」
そんな物語が好きな人には、この作品がきっと刺さるでしょう。
視えすぎるヒロインと、心を閉ざしたイケメン医師。
ただのホラーや恋愛ものに収まらない、人の死と向き合う深みが、そこにはあります。
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