漫画「生贄娘の壮大なる夫育成譚」をネタバレ解説
その村には、古くから“神の庇護”というものがあった。
五穀豊穣を祈り、病を鎮め、災いを防ぐために、神に供物を捧げ、祭りを催す。だが、それは表向きの信仰でしかなかった。
「神が、嫁を所望だそうじゃ」――
それは、ある年の祭りを前にして突然告げられた。村人たちはざわめき、戸惑い、恐れた。そして“最も適した娘”として選ばれたのが、少女・志乃だった。
理由は簡単だった。
孤児で、家族もおらず、誰にも迷惑がかからないから。
つまり、都合がよかったのだ。
志乃は黙ってすべてを受け入れた。幼いころからそうして生きてきた。拒むことも、誰かに縋ることもせず、自分の中にすべてを閉じ込めて。
神の嫁、すなわち“生贄”。
死ぬか、神に喰われるか、あるいはそのまま幽閉されるか。
どの運命であっても、志乃にはもう選ぶ自由などなかった。
そして神域へと足を踏み入れた彼女の目の前に現れたのは――
信じがたいほどだらしなく、ゆるゆるとした雰囲気をまとった男だった。
「よっ、来たの? 嫁さん、だったっけ? まあ、よろしく」
その男の名は群青(ぐんじょう)。
この地を守護する“神”だというが、神々しさのかけらもない。
髪は乱れ、服はしわくちゃ、寝そべったまま片手で酒をあおり、神事など知ったことかと言わんばかりの体たらく。村人たちが恐れていた「偉大なる存在」はどこにもいなかった。
志乃は困惑した。
そして――呆れ、腹を立てた。
「神様なんでしょう? それなら、もっとちゃんとしてください!」
群青は面倒くさそうに笑っただけだった。
だが、志乃は諦めなかった。
掃除、洗濯、炊事、儀式の準備――神の嫁としてできることを一つずつ始めた。自分の存在を、ただ“捧げられた生贄”として終わらせたくなかったから。誰かに選ばれなかった人生でも、誰かのために生きられることを証明したかったから。
最初は鬱陶しそうにしていた群青も、志乃の一生懸命さに、少しずつ心を動かされていく。
「……なんでそんなに頑張るんだよ。嫁なんて、いてもいなくても俺は変わらないのに」
「私が頑張るのは、あなたが“変わってほしい”と思うからです。あなたは、きっと本当は……神様らしい人なんです」
その言葉に、かつて神だった男の奥に沈んでいた光が、わずかに揺らめいた。
どうして群青はこんな風になったのか。
なぜ村は志乃を選び、何を隠しているのか。
神域の中には、まだ明かされていない秘密が眠っている。
そして志乃と群青、二人の間には、少しずつ“夫婦”らしい感情も芽生え始めていた。
一緒に食卓を囲むこと。
一緒に神事を行うこと。
一緒に、同じ未来を見ようとすること。
これは、ただの“夫婦ごっこ”ではない。
これは、神と人が同じ歩幅で歩もうとする“再生の物語”。
冷たい運命に抗いながら、ふたりは共に“本物の絆”を築いていく。
神の名を背負う者として、人として、そして――愛する者として。
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