漫画「山口くんはワルくない ベツフレプチ」をネタバレ解説
篠原皐は、ごく普通の高校生だった。中学時代は特に目立つこともなく、平凡な日々を過ごしてきたが、高校に入学した今こそ、青春らしい毎日を送りたいと胸を躍らせていた。友達を作って、放課後に遊んで、ドキドキする恋もしてみたい。そんな淡い期待を抱きながら、新しい環境に馴染もうと努力していた。
しかし、ある朝、皐の高校生活は思わぬ形で変わることになる。
それは、いつものように通学電車に乗っていたときのことだった。車内は満員で、身動きが取れないほどの混雑。そんな中、見知らぬ男が皐に絡んできた。驚きと恐怖で声が出せず、どうすることもできずに立ち尽くしていたその瞬間——。
「おい、やめときや。」
低く響く関西弁の声とともに、ひとりの男子生徒が間に割って入った。
皐のクラスメート、山口飛鳥だった。
彼は無愛想でぶっきらぼう、クラスでもあまり人と関わろうとしない存在だった。強面で近寄りがたい雰囲気を持ち、関西弁のせいか余計に怖がられることも多かった。けれど、そのときの彼の背中はどこか頼もしく、皐は思わず見入ってしまった。
飛鳥のおかげでトラブルは収まり、皐は助けられたのだが、それ以来、彼のことが気になって仕方がなかった。
飛鳥はどうしていつもひとりなのだろう?
なぜ人と距離を置いているのだろう?
本当はどんな人なのだろう?
そんな疑問を抱えながらも、皐は少しずつ彼と話すようになった。最初はぶっきらぼうな態度に戸惑ったが、接していくうちに、飛鳥が決して怖い人間ではないことに気づいた。むしろ、誰よりも優しく、思いやりのある人だった。
そして、ある日、皐は偶然にも飛鳥の「秘密」を知ることになる。
彼の祖父は和菓子職人で、飛鳥自身も幼い頃から和菓子作りを学んできた。しかし、その事実をクラスの誰にも話そうとせず、むしろ隠していた。繊細で丁寧な手つきで作られる和菓子は、美しく、どこか温かみを感じさせるものだった。
「どうして隠してるの?」
そう問いかけた皐に、飛鳥は少しだけ困ったような顔をした。
「こんなん、言うたらバカにされるやろ。」
彼は昔、自分が和菓子を作っていることを知られ、からかわれたことがあったのだ。それ以来、自分の好きなことを隠すようになった。誰かに認めてもらうことよりも、笑われないようにすることを選んだのだった。
けれど、皐は違った。
「そんなことないよ。すごく素敵だと思う。」
そうまっすぐに伝えると、飛鳥は驚いたような顔をして、ふっと目をそらした。そして、少しだけ耳が赤くなっているのを、皐は見逃さなかった。
それから二人の距離は少しずつ縮まっていった。飛鳥が見せるさりげない優しさに、皐の心は惹かれていく。そして飛鳥もまた、皐と過ごす時間の中で、少しずつ心を開いていった。
そして迎えた夏祭りの夜。
境内を照らす提灯の灯りが、揺れる影を作り出していた。浴衣姿の皐は、どこか落ち着かない様子で飛鳥を見つめていた。飛鳥もまた、普段より少し緊張した面持ちで、真剣な表情をしていた。
「俺、お前のこと好きやねん。」
不器用ながらも、まっすぐな言葉だった。
皐の心臓は大きく跳ねた。
そして、迷うことなく——「私も」と、微笑んだ。
こうして二人は恋人同士になった。
それは、ただの恋の始まりではなかった。
飛鳥が皐と付き合うことで、クラスメートたちも彼の本当の姿を知るようになった。最初は怖いと思っていた人も、実はとても優しいこと。和菓子作りに対して真摯に向き合う、繊細で誠実な一面を持っていること。少しずつ周囲の誤解が解けていき、彼は次第に孤独ではなくなった。
そして、皐と共に過ごす日々の中で、彼の世界は少しずつ色づいていったのだった。
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