放課後の夕暮れ、校舎の影が長く伸びる頃。神無木まどかは静かに教室を出た。彼女は容姿端麗、成績優秀、運動神経も抜群の完璧な生徒。誰もが憧れる存在だが、その微笑みの裏に本当の姿を知る者はいない。まどかは妖を祓う「巫(かんなぎ)」の家に生まれた、妖退治の使命を背負う少女だった。
「今日も、仕事か――」
まどかは校門を出ると、鋭い気配を感じた。空気が重く、冷たい。夕暮れ時は妖たちが活動を始める時間。だが、その日は違っていた。突如として現れた巨大な妖の触手が、まどかの動きを封じた。
「くっ、こんな……!」
両腕を絡め取られ、抵抗する間もなく霊力が奪われていく。冷たい絶望が心を満たし、意識が遠のいていくその瞬間――
「ったく、こんなザマかよ。」
鋭い刃が闇を裂き、妖が真っ二つに切り裂かれた。血のような妖気が宙に散る。そこに立っていたのは、学校で遊び人として有名な夢間だった。まどかは驚愕した。だが、意識が闇に沈む前に見えた夢間の姿は、人間のものではなかった。頭には鋭いツノが生え、妖気が彼の周囲に漂っていた。
――彼もまた、妖なのか。
目を覚ましたまどかは、ホテルの薄暗い部屋のベッドの上にいた。夢間が静かにこちらを見下ろしている。体が重い。動かない。妖に奪われた霊力のせいだ。
「…なぜ、私を助けたの?」
「助けたわけじゃねえよ。お前の霊力、もらうためさ。」
夢間の声は冷たくも、どこか含みがあった。淫魔である彼は、霊力を回復するためには人間と深く関わる必要があった。彼が望むのは、まどかの霊力――そして、その手段は「一緒に眠ること」。
「ふざけないで…っ!」
抵抗しようとするも、体は動かない。夢間は静かに距離を詰める。
「お前が嫌がろうが関係ねぇ。俺も生きなきゃならねぇんだよ。」
まどかの胸を満たすのは、恐怖と屈辱。しかし、その奥底で揺れる感情は、ただの恐れではなかった。敵なのか、味方なのか。それとも、もっと別の存在なのか。
運命に翻弄される巫と淫魔――二人の歪んだ関係が、妖たちの陰謀とともに静かに動き出す。
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